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私がカフェを好きな理由とは?お1人様で過ごした日々があったから

こんにちは♪
料理研究家のaccoです。

私accoはカフェが好きです。
カフェに入ると、まるで異空間にやって
きたかのような雰囲気を味わえたり、
一人でぼーっとカフェでコーヒーを
飲んでいると幸せな気持ちを味わえます。

なんで、そんなにカフェが好きなのか?
きっかけは、「友達とタリーズと歩粉」でした。
⇒そのお話はこちらからどうぞ

今回は、カフェが好きになって、そこから
どうなったのかをお伝えします。
お一人様で過ごした日々があったからこそ、
カフェを求めることになります。

行ってみたいカフェがいっぱい、でも一人で行く勇気が出ない、、

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前回のお話が2007年のことでした。
衝撃的なカフェとの出会いでした。
その後、カフェを知るきっかけとなった
友達2人と何回かカフェ巡り~みたいなこと
をしました。
楽しかったですね♪
もっといろいろなカフェに行ってみたい!
カフェ本を買ってみたり、ネットで調べてみたり。

行ったカフェのショップカードを集めて、
ケースに入れて眺めてみたり。
もっといろいろ行ってみたいな~
そんな思いでいっぱいになりました。

ですが、その友達2人とあまり連絡を取らな
くなってしまいました。
皆次の仕事が決まって忙しくなってきた
り、当たり前ですがそれぞれの生活が中心
となってきます。
破産した会社のことはさっさと忘れて次に
進みたい!そんな思いもありました。
加えて私はその頃、ひどい慢性の腰痛を抱
えていたので、あまり遠出が出来なかった
り、直前に体調悪くなってキャンセル、
なんていうこともよくあって、あまり
動けなかったんですね。
その後腰痛は完治して元気になりますが、
良くなったのは、2009〜2010年頃です。

その後、Facebookを通じて2人と再会して、
今はまた連絡を取ってますよ♪
今でも大事なお友達です!!

しかし、その頃の私は、カフェに行きたい
けど、一緒に行く友達がいない、、
一人でカフェに行く勇気が出ない、、

そんな感じでした。
あの2人以外に、カフェ好きの友達って
いなかったんです。
そして、今みたいに
「私、カフェが好きなんです♪」
なんて、声を大にしていうことが出来な
かったんです。

なんででしょう?
なんか恥ずかしい感じだったのですかね。
それと、他の友達は皆結婚して、子供も
生まれて、忙しい日々を過ごしていました。
いつまでも独身でいて、カフェが好きで、
気ままな生活している私と、ギャップが
ありすぎたのかもしれません。
いや、私も早く結婚して、子供も欲しいのですが!!

今でもその希望は捨ててないですよ♪

転機となるか??木更津への引っ越し

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2010年夏頃、製パンスクールで一緒だった
友人夫婦から久しぶりに連絡がありました。
その夫婦は学校卒業後、結婚し、都内某所で
パン屋さんを開いて3年ほど経っていました。
お店のオープン時には、私もお手伝いに
行ったり、たまに遊びに行ったりしていました。

久しぶりにお店に行ってみると、思いがけ
ないことを言われました。
「木更津市に家を買って、お店を移転する
ことになった。
お店を手伝って欲しい!!」

びっくりでした。
そして、私が体調崩して思うように働けない
時期があったり、会社が破産したり、
いろいろあった事情も知っているので、

「一緒に楽しく働こう♪
accoに幸せになって欲しい。
そのお手伝いをさせて欲しい。
3人で木更津で繁盛店作ろう!」

そんな風に言ってくれたんです。
感動でした!!
なんて、嬉しいことでしょう。

でも木更津市って?
「木更津キャッツアイ」しか知らない。。
めっちゃ遠いな、、
通いは無理だよね?引っ越し??

その日から週に1回、仕事を終えてから、
夫婦のパン屋に行ってお手伝いをすると
いう生活を始めました。

いきなり一緒に働くって、リスクがあります。
仕事のペースが合うかどうか、
どんな感じで仕事をしているのか、
経営は大丈夫なのか、
その辺りも確かめるためにお手伝いに行ったわけです。

しかも友達です。
いざ一緒に働いてみたら相性合わない!とか最悪です。
友達としての関係性も終わってしまいます。

結果は、3人で働いてるとすごく楽しい♪
たくさんアイディアもわいてくるし、
木更津行ったらこんなこともしたいね、
いろんなお店にも行きたいね!
楽しく3人で働いて、人生盛り上げよう!!
口から出る言葉はプラスの言葉ばかり。
これなら上手くいく!上手くいくはずだ!

そんな感じで、私は木更津行きを決めました。
人生としての転機にしたい。
年齢としては、35歳、最後のチャレンジだと思いました。
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木更津での孤独な日々が始まる、、

2011年の1月にお店はオープンし、私は2月
に引っ越しして働き始めました。
オープン当日は地元のお客様が行列を
なして待っていてくれたそうです。
オープンして、しばらくは前店の倍の売上でした。
しかし、私がお店で働き始めた2月頃から
売上が日に日に落ちます。
オープン当初というのは、どこのお店でも
皆さん興味を持って1回は買いに来てくれるものです。
だから、2月に落ちるのは当たり前です。
そこをどうやって、盛り上げていくか、という話です。
しかし、夫婦の様子がオカシイ、、
明らかに沈んでいる、、

いやいや、これからでしょー、頑張りましょうよ♪
と励ましながら、年間の目標、毎月の目標
を立てよう!!と提案し、ワクワクする
ような目標を盛り込んでいきました。

そしてやってきた、3月11日

この年は、2011年です。
そうです、日本人なら忘れもしない、
あの大地震が起きます。
木更津市は海に面していますが内房なので、
幸いにも大きな被害はありませんでした。

しかし、テレビをつけると大変な事態に。。
私の両親の実家や、親戚の多くが福島に住んでいます。
多少の被害はありましたが、みんな無事でした。
しかし、福島の原発事故の被害状況を
テレビで見ては涙を流す毎日でした。

コンビニに行っても、スーパーに行って
も、店内は暗く、商品がない、、
あの光景を思い出すと、今でも恐怖を感じます。

肝心のパン屋はといいますと、コンビニ、
スーパーでパンが買えないので、一気に
お客様が殺到しました。
お米は多少備蓄があるとしても、パンは
備蓄できません。
皆さんパンが食べたくてしょうがなく
なったようです。
特に食パンが大人気で、あっという間に
売り切れです!!

しかし、この食パン需要、なかなかうまくいきません。
肝心の粉が業者からいつ入るかわからない
という問題が起きます。
たくさん作れば今なら売れるけど、材料が
なければ売れない、、
そして、恐怖の計画停電というものが始まる
わけです。

計画停電とは、地域ごとに1日のうち数時間、
停電になる、というものでした。
計画停電は毎日あるわけではなく、全ての
地域にあったわけではありません。
しかし、木更津市は計画停電の地域でした。

たった数時間と思うかもしれません。
お店によって多少違いはありますが、
パン屋ではホイロという機械を使って、
夜中から朝方にかけて生地の温度を上げて
発酵させて、オープン前に焼いていく、
というスタイルをとることが多いです。

だから、途中どこかで停電になってしまう
と生地がダメになってしまったり、
状態が悪くなっていまいます。
パン生地はデリケートなので、温度変化は
慎重に行わなければなりません。
なので停電の時間帯によっては発酵が間に
合わないので、食パンとバゲットのみ、と
商品を限定して販売してみたりしました。

しかし、あんなに食パンを求めていた
お客様は、その頃にはもう他のパンを求めていました。
物事にはタイミングというものがあるのですよね。。
せっかくのパン需要も、うまくはいきません。

そんな感じで、震災後は少しずつ出来ること
をやって、なんとか営業を続けました。
被災された方々を思うといたたまれなくなります。
「私たちにできることって何だろう??」
私たちには家がある!お店がある!
たくさんパンを焼いて、被災地に持っていく、
そんなことが出来るように木更津市
から盛り上げていこう!!
そんな風に3人で話しました。

しかし、売り上げは減る一方でした。
6月には、考えられない数字が続き、夫婦は
日に日に元気をなくします。
私はなんとか元気を取り戻して欲しくて、
いろいろ話しかけみたり、
賄い作ってみたり、
新製品案を出してみたり、
自分に出来ることはなんでもやりました。

目標をもう少し変えてみたり、
初めて経営の本を読んでみたり、
笑って欲しくて柄でもなくバカな話をしてみたり。。

でも、奥さんに限界がきました。
「もうパンを作りたくない、パンを見たくない」
ショックでした。
元気がないのはわかっていましたが、
まさかそこまで追い詰められていたとは。

その日から奥さんは家にこもりました。
そして、その日以来会っていません。。
元気でいてくれたらいいのですが。

それからは、店長である旦那さんと2人での
営業をすることになりました。
店長は、明るい人だったのに、今は全く
話をしなくなりました。
私が話しかけると鬼の形相で、振り返ります。
あんなに優しかったのに。
あんなに人を思いやることが出来る人だったのに。
accoに幸せになって欲しい。
そのお手伝いをしたい。

あのセリフはなんだったんだろう。
あの時は本気で言ってくれてました。
悲しくて悲しくて、毎日涙があふれます。
家にいても1人、
お店にいても1人、
周りに友達もいない、
絶望的な孤独との戦いの日々です。

せめてお店の売り上げが上がれば!
そう思ってポップを書いたり、商品の配置
考えたり、いろいろ案を考えましたが、
売上は上がらず。。
自分の力のなさを、無力さを痛感しました。

自分にもっと力があれば。
ヒット商品生み出せるくらいの技術があれば。
自分はなんてちっぽけな存在なんだろう。

あの、、友達ってどうやって作るんでしたっけ??

毎日の孤独、これはもう、どうしたらいい
のかわからないレベルにきていました。
パン屋の夫婦2人しか、友達がいないのです。
1人は引きこもって2度と会えなくなって
しまい、1人は鬼の形相になってしまった。

うーん、友達が欲しい。
大人になってからの、友達の作り方が
わからなくなってしまいました。
同じアパートに住んでる人たちとあいさつ
はかわすけれど、それ以上どう話しかけて
いいのかわからず。
そして、一人で住むにはとても広いアパート
でしたので、他の住民は皆さん、ファミリーの方ばかり。
楽しそうな話声、お子さんたちの笑い声、
美味しそうなごはんの香りがしてきて、
私の孤独は更に深まる一方です。

誰かと話がしたい。
人間と話がしたい。
早く人間になりたい。

ちょうどその頃、「妖怪人間ベム」の
実写版ドラマがやっていて、ベムたちの
気持ちが痛いくらいにわかりました。
私も早く人間になりたい。

今思い返すと相当やばいです(^^;
かなり追い詰められてきました。

Facebook、TwitterなどのSNSを使って、
東京の友達と連絡を取るなり、木更津の
コミュニティとか見つけて連絡を取って、
友達を作るなり、今だったらいろいろな
方法があるとわかります。
でも、当時はまだわからなかったんです。
FacebookもTwitterもブログもやっていなく
て、唯一のSNSのミクシィは放置状態。

あー、カフェに行きたい、、

その頃の私は、休みの日に自転車で君津の
アピタまで40分ほどかけて買い物に行き、
ビジネス書や経営の本を買い、マックで
お茶をする、ということをしていました。
マックしかなかったんです。
お1人様で入れそうなところ。
でも、マックがあって、本当にありがたかったです。
マックが輝いて見えました。

だけど、でも、本当は、、カフェに行きたい!!
心の底からの、魂の叫びでした。

さて、その後はどうなるのか??
次回へ続きます。
⇒続きはこちらから



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